気配と囁き ―秘密の薔薇―

個人的な関心事についての日録風覚書。隠されたもの、語り得ぬもの、覆われたもの、向こう側、境界線上のもの、この世ならぬもの、過剰なもの、偏奇なもの、只事でないこと、などについて。

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隠された真の契機とは(極私的メモ)

昨年末頃から、勃然と兆した三味線音楽への傾倒は、実は決してふとした気の迷いでもなければ、よくある加齢に伴う古典的伝統への回帰などではなかった。

あれこれと動き回りながら探る、、、その傾斜は様々な模索的迷走の中で、表層の夾雑物が洗い流されることで、本来的な素地が現れてきたという感じだ。

無論、当今の流行り歌にもいいものはあるが、どこか付け焼刃な感じ、自分にとってなにか深いところにまでは届いていないもどかしさ。どこかに、「私にとっての」本来の流れがあるはずという感じがずっと付き纏っていた。

三味線音楽は、私には<花柳界>との繋がりを直接感じさせる。
まだ目鼻もつかないうちから、ずっと浸って聴き入っていた感触、、、

先日、これから習う教室のお師匠の部屋を訪れたときの、あの馴染む感覚はどこからくるのか、、、

師匠がやおら三味線を取り上げて、糸に撥を当てた瞬間の音の響きが身内の奥底から引き出したもの、、、

泣けとばかりに響く糸の音が、記憶するはずのない、未生以前の記憶を蘇生させる。
どこかでずっと繋がっている。
記憶の淵源から延びる臍の緒が、暗夜の荒涼たる野を越え繋がる、、、

きっとどこかで繋がる、繋がっている気がする、、、
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