気配と囁き ―秘密の薔薇―

個人的な関心事についての日録風覚書。隠されたもの、語り得ぬもの、覆われたもの、向こう側、境界線上のもの、この世ならぬもの、過剰なもの、偏奇なもの、只事でないこと、などについて。

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こんな歌が、、、

過日の集まりである方が歌われた歌。

最初の画面が出た時、目の端にちらっと“作詞:寺山修司”と見えた。
日吉ミミ『人の一生かくれんぼ』(1972年)

聴くほどに泣けそうになって弱った、、、

寺山の真髄は演劇ではなくて短歌にある、と言ったのは確か中井英夫だが、この曲の歌詞にはかつて寺山が詠んだ短歌のエッセンスが見事に詠みこまれている、そんな気がしたのだった。

 人の一生かくれんぼ
 あたしはいつも鬼ばかり
 赤い夕日の裏町で
 もういいかい
 まあだだよ

寺山はこんな歌を残している。
 かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭り

遠い歌の木霊が歌謡曲の歌詞の中に見え隠れしている、、、
そんな気がした、、、
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三層の夢

(2011年07月15日)

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夜半にふと目覚めた。
何やら起伏に富んだ夢を見ていた。

目覚めの直前に見ていたのは、タイトルがついていて、それは、、、
『上金落ち』(うわがねおち)???
どういう意味なのか、さっぱり分からない。

どこかのホテルの1室にいる。
私と、、、仏蘭西國大統領とその秘書、、、
意味不明である。

私が何か言ってその秘書が答え、その応答について私に評価を求めてくる。
“いかがでしょうか、大統領の秘書としては有能でしょ?”

夜半に目覚めた時には、夢の詳細を明瞭に記憶していたのだが、今では大まかな筋立てくらいしか覚えていない。
よほどメモ書きしておこうかと思ったのだが、そうすると完全に目が覚めてしまうので困るからそのまま寝てしまった。
その時、思案しているうちに「上金落ち」という言葉だけははっきり意識していたのだ。しかもその言葉はメモ書きしておいた。

ホテルの上階で何か大金が絡んだ催しがあったような気もする。
で、そろそろそこを出ようかという時になって、テロリストが3人乱入してくるのが分かった。
で、部屋に設けられている納戸のような小部屋に3人で隠れる。
ただし、そことホテルの部屋との間に大きな窓のような開口部があるのだが、閉める戸がないのだ。
しかも納戸の壁は真っ白で、中には煌々と明かりがついている。
どこにも身を隠す物陰はない、、、と思っていると、壁の一部に凹凸ができていて、辛うじて何となくそこへ身を隠すことができている。

その夢の前は、というか時系列があやふやなのだが、複数の夢が同時進行だったような気もする。

荒涼として1本の緑も見当たらない広大な土地を、数人の調査隊を組んで探索していた。
南極大陸のようでもあり、極寒か炎暑の土地。
どうやら地球の命運が尽きる日が近いようなのだ。
いつのまにか、どこかの街路にいて、舗装の亀裂を眺めている。
隊員の1人が「ほら、このようにもう大地が裂け始めてますよ」というが、それは単に舗装のひび割れで、別にばっくり大地が裂けそうな感じではない。

その前の夢は、どこか京阪間の私鉄沿線らしい、、、
想像もつかないような豪雨が降るというので、電車から降ろされ、ちっぽけな無人駅のようなホームに百人を越える乗客が犇めいている。
空には渦を巻く暗雲が垂れ込め、凄まじい豪雨の襲来を不穏な予感に責めさいなまれながら待っている。
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悲し過ぎる、、、歌

十五夜お月さん

大正時代、一家離散の、、、
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忘れていた歌、、、

編集する 2011年07月07日20:18 youtubeの森の奥深くをさ迷ううちに辿り着いたそこは、記憶の深層に埋もれた童謡の森だった。

私の世代で言うと、同年齢の童謡歌手は「松島とも子」、1年下が「小鳩くるみ」で1年上が「古賀さと子」だった。

松島とも子は目が大きすぎてあまり好きではなく、小鳩くるみは幼すぎ、一番のお気に入りは古賀さと子だった。

少し前に見つけた童謡は、「海ほおずきの歌」(近藤圭子)。

何という愛らしい声だろうか。

色々アップされている童謡の背景に映っている童謡集の絵の素晴らしいことといったら、、、

ずっと若い頃から、昔の童謡はどうしてあんなに哀調に充ちた物悲しいものが多いのかと不思議だった。
「叱られて」とか「とおりゃんせ」とか、、、
中でも白眉は「花嫁人形」だなと、ずっと思っていた。

それが今日覆されたというのは、この曲に出遭ったから、、、
ずっと忘れていた。

花かげ

十五夜お月様見てたでしょう
桜吹雪の花影に、、、

、、、泣けてくる、、、綺麗だ、、、

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夕暮れに、、、

(2011年06月27日)

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時々、夕刻に近くの大学の傍を通って自転車を走らせることがある。
仏教系の大学だが、私自身が学生の頃はほぼ交流の無かった大学だ。

以前住んでいたところは、出身大学の学生とバスで乗り合わせることがあった。
今ではもう、かつての独特の雰囲気はなくなっていて、何だか能天気でやけに明るい雰囲気になっていた。

それに比べると、今住んでいるところから程近い大学の学生の雰囲気は、よほど私自身の学生時代の雰囲気に近しい感じがある。

物静かで浮ついた感じがしない。
男子学生よりも女子学生の数が多いように感じるが、文学部が主体なのだろうか、、、

美人が多い。時に乙女系というのか、ゴスというには白っぽいが明らかに普通ではないセンスの、しかもハイセンスな女子学生がいて目を奪われる。

仲良くカップルになって歩いている学生もよく見かける。
ああいう感じだったのか、、、

夕刻、ゆったりと闇が足元から忍び寄る刻、甘やかな夜のしじまが街角の向こうで待ち構え、一足ごとに当て所のない欲望の欠片がつま先に纏わりつく。

どこへ行こうとするのでもない、しかしここではないどこかへ姿をくらませたいと切望しながら彷徨う夜の舌端がちろちろと喉元を這い回る、、、
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梅雨の晴れ間の散策は、巡り合わせの喜びに溢れ、、、

去る6月2日は、家人が平日だが休みにしたというので、久し振りに散策に出た。

いつもの疏水べりをゆるゆると南へ下がる。

前々回に歩いた折は、丁度桜の真っ盛りだった。
いまは、鬱蒼と葉盛りの緑一色である。

途中珍しい光景に遭遇した。

ミツバチの分封

真ん中に見える塊、、、よく見るとミツバチの分封である。
初めて見たのだが、規模が大分小さいようだ。
これからどんどん数が増えていく最初の段階なのかも知れない。

家人が「あっ、さくらんぼが、、、」というので見ると、成程赤い綺麗な実がたわわに実っている。
よく見ると、形が細長いので妙だなと思ったら、どうやらグミの実のようであった。

ぐみ01
ぐみ02
赤い木の実

3枚目のものは、別の木の実。何だか分からない。
日陰のところで隠れるように成っている。
家人が真っ赤に熟れている実につと手を伸ばし、どうやら食べるつもりのようだったので、慌てて止める。

何の実か分からないものを、毒でもあったらどうするのか、、
どうも家人は普通の人間が持ち合わせている警戒心というのが欠落している。だから、いつも傍にいる者がハラハラさせられるのだ。

いつもの喫茶店で昼食を摂る。
例の若い娘さんが見えないので、平日の勤務はないのかと思っていたら、少しして席まで店のチワワを「持って来て」くれた。

しかし、見るたびに思うのだが、これまでついぞ見たことがないほどの魅力的な女性である。
すらりとした美人で、目を見るとその聡明さがよく分かる。
気は相当強そうだから、並みの男では太刀打ち出来ないだろうな、、、

帰り道、堤防下の家の方を何気なく見ると、1匹の猫が素晴らしい速さで石段を駆け上ってくるのが見えた。
一散に家人を目指して、あっという間に足元にじゃれついてすりすりしたり、腹を見せてごろごろしたり、、、

21年飼っていた猫を亡くして3年。
家人は動物の感触に飢えているのだった。
匂いを嗅いでは「あぁこの匂い」と言ったり、毛並みの手触りにうっとりしたり、盛んに感激している。

トム03
トム01
トム02

不思議なことだが、何の前触れもなく、ただ一直線に私たちを目指して駆けてきたのだ。
恩寵のように悦ばしい出来事であった。

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こんな詩、、、

金子みすず

   魚市場

瀬戸に
渦まく
夕潮

とおく
とどろく
夕暗

市のひけた
市場に、
海からかげが
のぞくよ。

子供は、子供は、
どこにと、
何か、何か、
のぞくよ。

秋刀魚の色した
夕ぞら、
烏が啼かずに
わたるよ。

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どこで読んだのだったか、、、
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