気配と囁き ―秘密の薔薇―

個人的な関心事についての日録風覚書。隠されたもの、語り得ぬもの、覆われたもの、向こう側、境界線上のもの、この世ならぬもの、過剰なもの、偏奇なもの、只事でないこと、などについて。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

修飾される記憶

(2010年11月20日)

-----------------------------------------------------
これはあまり一般的ではないのかも知れないが、記憶の中で印象深く残っている映画や小説で特に多い、粉飾された記憶というものである。

人間の特性として、関心を持った対象の肥大化現象というのがあって、好きな相手の美質が途方もなく膨れ上がり、世界にまたとない至宝のような存在として思い浮かべられるというのに似ている。

当の作品について思い出しながら人に話し始めると、どんどん究極の名作のように意味づけが肥大し、話しながらこんなに面白かったっけ@@;などと自分で思いながら、話が止まらなくなることがある。

どうやら、当の作品の内実よりも、それに触れた時の自分の感興内容の方に力点が移行して、自分がどんなに感動したかを語るのに夢中になってしまうようなのだ。

無論褒めるのに根拠がないわけではなくて、実際面白かったり感銘深い作品であることは間違いないのだが、若干の誇張や強調表現まがいの粉飾が入っている。

これも昔の記憶ほどその傾向が強いように思える。
そして、その傾向は娯楽的な作品ほど過度になるようだ。

つい最近も、昔見た邦画のSFで大層面白かったのだが、タイトルが全く思い出せない。
何でも東京の地下に戦時中密かに計画されながら製造途中で放棄された巨大ロボットがあり、それを再利用して反撃しなくてはならない、とかいう設定の映画だったように記憶する。
調べてみると、どうも『ガンヘッド』という当時としては非常に凝ったリアルサイズのロボットを作って撮った映画らしいのだが、どうも半分がた一致するものの、細部的に記憶内容と異なっている。
そして、記憶の中の映画の方が一層面白そうなのである。

それが記憶の粉飾の結果違っているのか、別の映画だったのか分からない。
それとも、私の脳内回路が勝手に捏造した作品なのか、、、
スポンサーサイト
随想 | コメント:1 |

記憶の齟齬

(2010年11月20日)

--------------------------------------------------
およそ半世紀以上も生きていると、明々白々に保持しているはずの記憶が事実とは異なることに気づかされ愕然とする、あるいは呆然とすることがある。

私は耳で聞いたことは割合すぐに忘れてしまうが、目で見たことは明瞭に覚えていると長らく自負していたのだが、この10年ほどでその自負はあえなく瓦解してしまうことが何度かあった。

例えば、ある本の中で記憶に留めている箇所があったとして、記憶の中では前半部分の右頁の下のほうにあったとする。
ところが、確認すると前半のどこにもなくて、実は後半のそれも左頁だったりするのだ。

どこかで実際の記憶が偽の記憶と摩り替わっている。
どうやら脳は自分が覚えやすいように記憶するものらしい。

目にした場所だけに留まらず、それは例えば誰かの経歴だとして、確かその配偶者の職業がデザイン関係だったなと思っていると、実際はよく似てはいるが微妙に異なった経歴の知り合いの配偶者の職業だということが判明したりする。

これらに共通しているのは、当の記憶がいわば「どうでもよい」瑣末な事柄だという点である。
友人との交流に欠かせない当人の経歴を間違って記憶していることは少ない。

これまでの記憶違いで最もこたえたのは、私自身の記憶ではなくて、父親が記憶を辿って話してくれた内容だった。

母親とは生き別れだったのだが、その母の出自が父の話の中では祖母の経歴のそれと入れ替わっており、ずっと私には種違いの年上の姉がどこかで生きていると思い込まされていたのだったが、数年前に判明した事実によれば、種違いの姉がいるはずだったのは、私ではなくて私の生母であった。

父親がその話をしてくれたのは、彼が56歳頃だった。私の母と別れてからおよそ20年が経っていた。

昔の記憶というのは、誰かの記憶とつき合わせてみないと、実は確かかどうかは分からない、といえるのかも知れない。
随想 | コメント:0 |

サードマン

(2010年11月19日)

--------------------------------------------
“サードマン現象”と呼ばれるものがあるらしい。

先日、奇跡的な体験を紹介するテレビ番組で知ったのだが、どうやら種本があるようだ。
――ジョン・ガイガー『奇跡の生還へ導く人―極限状況の「サードマン現象」』(新潮社)

ある登山家が他の1人と雪山に登り大規模な雪崩に遭遇する。
何時間か経って、彼は蘇生したのだったが、もう1人は亡くなっていた。

あばら3本と片方の足を骨折していた。
もう駄目かと諦めかけていると、ふと誰かが傍にいるのを感じた。

目には見えないその存在が語りかける。
“諦めてはいけない、生きなさい”
そう言って、その存在は麓までの道筋を教え、彼を導いた。

このような例は、多数報告されているという。

人間が危機的な状況に陥ると、意識が身体から離脱して空中へと舞い上がり、10メートルだかの高みから、生命の危機に瀕した自分自身の姿を眺めている、というような例も数多くあるようだが、それとも違っている。

医学的には、側頭葉の特定の箇所を刺激すると、意識が身体を離れていくような感覚に襲われるという臨床例もあるというのだが。

自分ではない何かの存在。

危険を知らせ、あるいは危機を回避させる何かの力を感じたという人も多いのではないだろうか。
随想 | コメント:0 |

混乱した夢

(2010年11月15日)

-------------------------------------------
朝方、一度早くに眼が覚めたあとしばらく寝床でもそもそした挙句、二度寝してしまった。
その間、夢を2つ見ていた。

〔その1〕
どこかの児童館のようなところに来ている。
入ったところにやや広い空間があって、親子づれや若い男女が行き交っている。入って左奥にテーブルのような低い台があって、その上に手荷物を置くようになっているらしく、私はそこへショルダーバッグを置いて、更に奥にある小さく仕切られた区画に入っていく。
何かを展示しているようでもあるが、何を展示しているのか、そこを訪れる人々が何をしにきているのか、さっぱり要領を得ない。
もやもやしながら、元の荷物を置いた台のところまで戻ってくると、置いたはずのバッグが見当たらない。大事なものが入っていたと見え、私は青くなりながら、そこら中を隈なく探すが、どこにも見当たらないのだった。
そんな置き引きをするような人間が訪れるはずもないと思われる場所だったのだが、ふと気が緩んで油断するのが自分の悪い癖で、人が良いのもほどがある、と自分を責めている。

〔その2〕
何だかよく判らないが、どうも中国へ旅行に来たみたいだった。
それとも中国人のツアー客に紛れ込んだものか、よく判らない。

どうやら自分の車で途中まで来て、車を乗り捨て、そのあと合流したのだったか、、、
車を探すのだが見当たらないのだ。
財布を放り込んだまま、どうやらキーをつけたまま乗り捨てたようだった。
財布には3,4万の現金と免許証が入っていたはずだった。
現金は諦めるとしても免許証を盗られてしまったのはまずい、と動揺している。

しばらくすると、誰か若い女性が、車があったことを知らせてくれた。
聞いてみると、財布も中身も無事だったことがわかる。

やはり人は信じてみるものだ、とか思っている。
| コメント:0 |

昨日の夕餉は、、、

(2010年11月15日)

---------------------------------------------------
昨夕は、「タラのソテー」と「小芋の煮ころがし」を作った。

先に小芋の煮ころがしを作る。
小芋は皮を剥くのが結構骨だった。
小さく滑りやすいので、指を切らないよう注意する。
一度下ゆでをしてぬめりを取っておく。
それからひたひたの出汁(1.5カップ)に最初から入れて、沸騰したらアクを取り、酒大3、砂糖小1くらいを入れ、落し蓋で弱火よりやや強めの火で10分。
そのあとで醤油大2を入れる。
さらに30分ほど弱火で煮る。
時々煮汁が減りすぎて焦げ付かないよう注意する。
15分ほど経ったころ、離れたところにいた家人が“焦げてへん?!”と叫ぶ。
金属製の代用落し蓋を除けると、煮汁が殆どなくなっていて、慌てて火を落とす。
どうやら、火加減を誤って火力が強すぎたようだ。
試しに口に入れてみると十分柔らかく火が通っていたのでよしとする。

タラは新鮮なものだった。
塩コショウして10分ほど寝かしたあと、水分をキッチンペーパーなどで吸わせ、小麦粉を薄くまぶしてフライパンで焼く。
皿に移したあと、フライパンにバター大2を溶かす。
焦げ付きやすいので注意しながら、溶けた刹那にカボスの絞り汁を注ぎ、それをタラにかける。
タラにカボスを半分に切ったものを添える。

小芋の方は、私としては十分上出来の味だったのだが、家人から味が滲みていないと厳しい批評が、、、
これはこれで表面に味がつき、中は小芋本来の豊かな味わいが楽しめてよいのだ、というと、“素直に非を認めないところはよろしくない”と一刀両断である。
私はこれを美味しく食べたのだから、教科書通りの仕上がりでなくとも構わんではないか。

タラの方はといえば、最初の下味に振った塩が足りなかったようで、旨みがちと少なかった。しかし、バターとカボスが絶妙に溶け合って、香りはとても良かったので、私としては可としておきたい。

などと言ってみるが、我ながらなんて自己愛の強烈な人間だろう、とこんなところで改めて思い知らされる。反省点が多い調理であった。
雑記・覚書 | コメント:0 |

幻のカレー再現

(2010年11月12日)

----------------------------------------
結果は、、、大成功だった。

午後3時過ぎから、まず副菜の煮物から作り始めた。

グリーンアスパラは4センチほどに切り揃える。
厚揚げを食べやすく味が浸み込みやすい大きさに切る。
湯通しをして油分を抜く。
煮汁を作る。
------------------------
出汁 1+1/2カップ
しょうゆ 大3
砂糖 大1/2
酒  大1
みりん 大1
------------------------
まず煮汁を煮立て、そこへ厚揚げを入れて5、6分煮る。
アスパラを入れて2、3分煮て完成。

厚揚げとアスパラの煮物

次にカレーの材料を揃える。(4人分)
煮込み用の牛肉を食べやすい1口大に切り揃える。
それにカレー粉と塩少々の混ぜたものをまぶして、揉み込んでおく。

玉ねぎ2個とにんにく1かけを薄切りにして、ジャガイモ2個の皮を剥いて乱切りに。
人参は1/4ほどを皮を剥いてすりおろす。
バター大2ほどを厚手の鍋を熱して溶かす。
そこへ玉ねぎとにんにくを入れ、中火でひたすら炒める。
約30分あまりで狐色になってしんなりしたところで、小麦粉大3とカレー粉大2を入れて、弱火でさらに炒める。
ここまでで約45分ほど。

フライパンにサラダ油を熱し、下味をつけておいた肉を強火で焼く。全体に焼き色がついたら、赤ワイン1/4カップを入れる。
鍋(出来れば厚手で深い寸胴鍋がよい;煮詰めても水分があまり飛ばないから)に肉を赤ワインごと入れる。
水4カップ(本来は5カップ)を入れて強火で熱して煮立たせアクを取る。
人参、ジャガイモ、ローリエ2枚、スープの素2個分を入れて、弱火で約1時間蓋をしないで煮込む。

カレー煮込み開始
煮込み開始。
時々アクを取る。

肉が柔らかくなったら、塩で味を調える。
ローリエを取り出し、完成。
時刻は午後5時半。

カレー完成
分量が2割ほど減っているのが分かる。

夕餉の光景
夕餉の光景

感想:
市販のルーを使ったものとは全く違う味である。
味が立っていて切れがある。
香りが強い。
想定よりも辛い。(これは深鍋がなかったせいで、水5カップのところ4カップしか入らなかったのに、カレー粉は5カップ用の分量を入れたからである)

やはり自分で作ったものが美味いと、ささやかだが大きな感動がある。
料理は本当に久し振りに作るのだが、10年前に3ヶ月間作っていた頃よりもスムーズに出来ている気がするのが不思議である。

肉は米国産の安いものを使ったが結構美味かった。
予想外だったのはジャガイモで、ジャガイモってこんなに美味しい?と思うほど、ねっとりした食感と美味しさは格別であった。

ただし、2時間ほどほぼ立ち通しだったので疲れた。
家人がしみじみ“美味しい”と言ってくれたので、まずは大成功としておこう。
雑記・覚書 | コメント:0 |

伝説のカレー ―幻のレシピとは何か―

(2010年11月11日)

--------------------------------------------
大層なタイトルだが、これは我が家で伝説となっている、私が初めてルーから作ったカレーなのだが、初心者には難解に思えた数々の材料と「複雑怪奇な」手順に幻惑されながら、悪戦苦闘の末に完成したカレーのことを指している。

家人は、私が初めて本格的料理に挑戦した結果のその美味しさに、文字通り感涙に「咽び泣いた」のだったが、あとから検証してみたところ、どうやらレシピに書かれた分量を間違えた上、調理手順も異なっていて、あろうことかスープの素も入れ忘れたという、「失敗作」なのであった。

されば、ということで、2回目はレシピ通りに作ってみたところ、何か味に切れがなく、もたついた平板な味のカレーになってしまった。

そのレシピの特徴としては、前もって角切り牛肉にカレー粉を揉み込んで置く、すり下ろしたにんにくを入れる、赤ワインを入れる、などがあるが、どうやら味の決定的な秘密は、最初に1時間以上もかけてゆっくり炒めて飴色にした玉ねぎにあると思われる。

焦げ付かせずにうまく飴色になるまで炒めるというのが難しい。
初めて作った時は、やや焦げ付き過ぎだったこと、そしてスープの素を入れず、今思い出したのだが、あろうことか水の分量がレシピの半分だったことなどが功を奏したものらしい。

明日10年ぶりに再挑戦するつもりだが、どうなることか、、、
結果は、また報告してみたい。
雑記・覚書 | コメント:0 |

私的読書メモ

ヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』(岩波文庫版)より

--------------------------------------------------
哲学は学説ではなく、活動である。

思考は、そのままではいわば不透明でぼやけている。哲学はそれを明晰にし、限界をはっきりせねばならない。

およそかんがえられうることはすべて明晰にかんがえられうる。言い表しうることはすべて明晰に言い表しうる。

論理学は学説ではなく、世界の鏡像である。
論理は超越論的である。
(訳者注:
この世界に対して超越的でありつつも、なお、この世界がこのようであるために要請されるもの、それが「超越論的」と言われるものである。実際、論理は、それ自身を語ることはできないが、世界を語るために(そしてまた世界が語られたようであるために)不可欠なものであり「超越論的なのである」)

世界の意義は世界の外になければならない。世界の中ではすべてはあるようにあり、すべては起こるように起こる。

死は人生のできごとではない。ひとは死を体験しない。
永遠を時間的な永続としてではなく、無時間性と解するならば、現在に生きる者は永遠に生きるのである。

時間と空間のうちにある生の謎の解決は、時間と空間の外にある。

世界がいかにあるかは、より高い次元からすれば完全にどうでもよいことでしかない。神は世界のうちには姿を現しはしない。

神秘とは、世界がいかにあるかではなく、世界があるというそのことである。

問いがたてられうるのであれば、答えもまた与えられる。

だがもちろん言い表しえぬものは存在する。それは示される。それは神秘である。
----------------------------------------------

(補足)
上に抜き出した断片の意味は、前後の文脈を通じての理解においてのみ正確に把握されることを注記する。
読書断片 | コメント:0 |

夢見の変遷

この1年ほどはあまり印象深い夢を見ていない。
丁度1年ほど前に、かつて見たことがないほどの超弩級の驚愕的な夢が、印象深い夢を見た最後?だった。

若い頃から夢はよく見る方だった。
いつも大抵総天然色だった。

若い頃からよく見ていた夢は、何かを探しながら迷路のような町をさ迷ったり、広くて間取りもよく判らない家の中で落ち着ける居場所を探す夢が多かった。
ほかによく見ていたのは、試験を受けるのに試験範囲が分からない、試験会場に辿りつけない、嫌いな科目をずる休みしていて出席日数が足りず、卒業の単位が致命的に不足している、などの社会化や共同規範への同化の失敗を暗示する夢。

それと似たような種類の夢は、割合近年(2,3年前にも)も見ていて、内容は変化していた。
それは、「試験」を受けられないという内容ではなく印刷関連の内容で、一旦仕事を請け負っておきながら、引き出しの奥深くに原稿の束をしまいこんだまま忘れていて、問い合わせを受けうろたえて嫌な汗をかきながら、作業が遅れている言い訳を取り繕っている夢であった。
これは、様々なバリエーションをで繰り返された。
最近はこれに類した夢は見ない。

この何年かは、不思議に宗教性を暗示する夢を繰り返し見ていた。

書物を読んでそこからの刺激で夢を見ることも多い。
深い情動を喚起されからだと思われる。
読んでいてもさっぱり琴線に触れてこない本は、言葉が心の奥底に届いていないという実感があって、夢は見ない。

これまでの経験では、ユング関連の書物を読むと深い夢を見る傾向があった。
割合近年読んだ小説の例では、恒川光太郎の『夜市』や『カラマーゾフの兄弟』を読んだ時などは盛んに連日夢を見ていた。

つまり「元型」的な領域に接触している作品や記述は、ほぼ必ず読む人間の夢の領域を賦活する。

夢の体験は、五感の感覚が欠落していることを除けば、現実の体験と変わらない。昔の夢でも沢山覚えている夢があって、やはりそれらも「現実」体験だと思うのである。
| コメント:0 |

夢の中での幽体離脱

この前の日曜日、小学6年生当時の在洛の同級生が集まって飲食をした。
1年ぶりのことである。
仕事の都合やら風邪引きなどでの欠席者があり、結局7人が集まった。

2次会は宴会場近くのホテルフジタのラウンジで法外な価格のアイスクリーム(ほぼ場所代ですな)を食べたあと、南へ流れ、1人の女性が整体(肩凝りの緩和)をして欲しいというので、どこかコーヒーの美味しいところでということになり、三条の六曜社へ4人で入った。

男3人に女1人である。
この女性はH子さんといって、小学校時代と面立ちや雰囲気が殆ど変わらない女性である。
京都の古くからある葉茶屋さんに嫁いだのだそうだ。

聞いてみると、恋愛でも見合いでもないという。
話が俄然玄妙なことになった。
元々実家がその店の得意先で出入りがあったらしい。

まだ独身だった若い頃、ある夜夢をみた。

その店の前までやってきて、一度も入ったことのない店の奥へと歩んでいった。
中は思いがけないところに窪みや部屋が散らばっていて、非常に複雑な空間配置だった。
その時、なぜか“あぁ、この家のお嫁さんになるんだな”と思ったそうである。

その後、店の者に聞いてみると、夢で見たとおりの内部だということが分かって驚いた。

この女性は、夢で未来のことが分かるという。
子どもが3人いて、その大学受験の合格発表の前に夢を見た。
ある時は、鯉のぼりの鯉が風にはためいて勢いよく大空を泳いでいる。
またある時は、無風で鯉がしょんぼり垂れ下がっている。

それで合否が分かったのだそうだ。

私もよく夢で暗示的な内容のものを見ることが多いが、ほとんどはこれといった明示的な意味が明かされることは少ない。

先に上げた婚家の内部を「透視」した夢は、いわば睡眠時に幽体離脱して「実際に」その家に飛んでいったということが言えるかもしれない。

話が弾んで、結局整体はせずじまいだった。
| コメント:0 |

不可解な夢

最近、よく夢を見ているのだが、起きた時ほとんど覚えていない。

夢が不可解なのは通例だが、今朝見た夢はこれもさっぱり意味不明であった。

誰だかよくわからないが、ある人物が私に話している。
夢の中では、その相手と私の関係は「わかって」いる。

その人物が言うには、
「○○というのがいただろう。今どうしているか知っているか」

○○というのは、学生時代にバイトをしていた店で一緒になったK大の学生で、中■の活動家だった男だ。理学部○学科専攻。定期的に書籍を大量に○んで、それを売って稼いでいたな。
大学はバリケード封鎖は解除されていたが、まだ混乱していたと思う。
いよいよ卒業という段になって、○○は髪の毛を短く整髪して下宿へ現れた。
それまでは髭を生やしていたので分からなかったが、口吻が依怙地に突出して、どこか小児的な雰囲気が露わだった。
女の臭いが全くしないのがずっと解せないでいたのが、その理由が分かったような気がした。

「あの時、W県の○学教師の試験に受かったと言ってたので、そこで教師をしているんじゃないか」と私が言った。

あの時、○○は「なんちゅうてもK大やから、なんぼでも口はあるんや」などと言って露骨に自慢をしていた。
特別親しくしていたわけでもないのに、わざわざ就職の報告に訪ねてきたのは、活動家の経歴があるのに教職につけたのがよほど嬉しかったんだろう。

「○○はな、30年前に死んだよ」
夢の中の相手が言った。

え? 今から30年前というと逆算すると24歳?
そうすると、就職して間もない頃ではないか、、、

「殺されたんだ」
と相手が言った。

、、、きっと内○バだな、と私が夢の中で思っている。
| コメント:0 |
| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。