気配と囁き ―秘密の薔薇―

個人的な関心事についての日録風覚書。隠されたもの、語り得ぬもの、覆われたもの、向こう側、境界線上のもの、この世ならぬもの、過剰なもの、偏奇なもの、只事でないこと、などについて。

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こんな話、、、

懸案の“黒い館ノート”序章を纏めようと取り掛かっているところである。

連休前から、普段は家にいて1人黙々と仕事をしながら時々ネットを覗くというような不活発な日常を送っている身には、「大きな」というべきイベントが2つ立て続けにあって、天候も昨日今日と真夏のような暑さに見舞われた以外はずっと曇天や雨天、時には荒天と不安定だったせいか、このところ何か落ち着かないのである。

構想を纏めるための資料として読んだ中に『うわさの人物』(加門七海)という本があって、大変興味深く読んだ。
副題に“神霊と生きる人々”とあるように、9人の霊能力のある人物との対談集である。

著者の加門七海は、読まれた方もあるだろうが、かの史上最恐・最悪の実話ホラー“三角屋敷を巡る話”(『怪談徒然草』所収)の著者である。

著者本人が霊感を持っているだけあって、集中の人物は誰もが折り紙つきの霊能力者のようである。
皆「見える」人だが、人によって見え方が違う、そこのところを具体的に詳細に聞き出しているのが大変興味深かった。

中に、「死神」を見たという人がいた。
その姿というのが、、、信じられないというか、やはりそうなのかというべきか、「黒い頭巾を被って、真っ白な顔で、骸骨のような感じで鎌を持って、、、」

で、当の霊能者は折角の機会だからと、話しかけてみた。
「あなたが死神さんですか」と言うと、「世間ではそう言われている」と答えたそうだ。
しかし、本当のところは死に瀕した人を連れに来ているのではなく、死に瀕した人を守る役目で、本当は「天使」なのだそうである。

実際に死者を連れていくのは別の者の担当だとのこと。

俄かには信じがたいが、その霊能者は実際に見て話をしているのである。

特にこの話を取り上げたのは、、、実はこれとそっくりな話を以前読んだことがあったからである。

今から3,4年ほど前になるだろうか、その頃Y新聞を取っていて、毎月集金の時小冊子をくれるのだが、ある号の読者投稿欄のテーマが「怪談」だった。

ある女性が、以前水商売していた頃の話。
その日は締め日であれこれ伝票の計算などに追われ、帰るのが深夜になった。
マンションの何階かにある自室の廊下まで来ると、自室のドアの前に誰かが立っている。

それが、、、あろうことか絵に描いたような死神の姿だった。
黒いマントを着て、大きな鎌を肩に担ぎ、真っ青な顔をしている。
それを見て、当の女性は少々酒が入っていたせいもあって、
「あはは、まんまじゃん」といって笑った。
途端に気がついたのが、そこは自室のある階ではなく、慌てて階段を降りて自室に戻った。

洗面台の前で顔を見ると、疲れ果てていたものとみえ、真っ青を通り越して、緑色のただならぬ顔色だった。

ベッドに倒れこんでそのまま寝てしまったが、翌朝何か上の階が騒がしい。

訊いてみると、上の階の住人が夜のうちに亡くなっていたそうであった。
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妖かし | コメント:0 |

地理についての若干の考察、若しくは長命の秘訣

夕飯を喰っている時、家人が「絶対誰にも言わんといてね、、、」と前置きして、意を決したように話し始めた。
時々こんなことがあり、その都度意表を突いた言葉が出てくるので、やれやれまたかヨ、と思いながら耳を澄ませたところ、、、

「あのな、神奈川県って、東京の北? それとも南? 私は北にあると思てるんやけど、、、」

@@;

むむむ、これはどうか@@;
こうきたか、、、

何か今日の昼間、どこかで“神奈川県ではどこからでも富士山が見える”ということを聞き込んできて、れれっこれはおかしいゾ、と考え始めたらしい。

敵は、以前にも「和歌山県って四国にあるんやろ?」と言ったほどの猛女であるからして、こんなことは朝飯前なのである。

どうやら中学の時、地理の勉強をさぼっていたらしい。

一遍紳助の“ヘキサゴン”に出てはどうか、といつも助言しているのだが、きっと大受けすることは間違いないだろう。
そんなわけで、我が家には笑いが絶えないので、結構長生きできそうなのは大変目出度い。
随想 | コメント:0 |

極北の小説(心覚えのためのメモ)

凄い小説を読んだ。
“おちょぼ口しながら聞いた風な御託を並べてる場合じゃないだろ”と恫喝されたくらいに凄い、いやもっとか、、、

車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』

大分以前に賞を取った作品なので、色んな人があれこれ書いているのだろうが、それは関係がない。
以下、自分のために書いてみる。

凄みのある作品といったらいいか、ある意味で言葉を拒絶したところのある作品だと思う。
突きつけられているのは、言葉が生き死にを直接名指している根源といったらいいのか、、、

主人公は、ある有名大学を出て広告代理店に就職し、広告取りの営業をしていた。安定を約束された安穏な生活。
ある時、その安定を保証された一切を捨てて、あたかも出家するかのように出奔、その後各地を転々としながら殆ど最底辺の場所まで落ちてゆく。

彼が捨て去ったのは、いかようにも言い換えや取り繕いや言い抜けが可能な、幾重にも保護された厚化粧と虚栄に粉飾された<実>のない生活だった。
まるで修行僧の苦行のような生活の境涯へと自分を落とし込むこと。それが彼の願いだった。自分をどこまでも空無化し、虚そのものになったとき立ち現れる、血の滴るような言葉を求めて。

「生島はん、あんたわが身では、そななわが身のことを突ッ転ばしや腑抜けや言やはるけど、そななことはインテリのたわけ言やで。ちゃんと言葉になっとうが。あの女(おなご)の念佛は言葉になっとうへんがな。おつたいがなァ、やがな。あれ血ィ吐く思いであない言いよんやで」

これはホルモン焼き屋のおかみが言った言葉である。

言葉を発することそれ自体が、身体の直接的な生き死にを明示するような、そんな言葉、いや言葉が生の実相から押し出されるその際の軋みにも似た言葉こそが彼の求めたものだったかもしれない。

血塗れの言葉が虚である個体の器を満たす、その刹那が実としての人間の生成だ、そんなことを考えた。

書かれている内容は、凄絶な生身を切り刻むような現実である。
吉本は“むごい”と評したそうだが、はらわたの底に鉛のような重みのある氷の塊を押し込まれ、体の芯まで凍りつく冷え冷えとした光景の中に、しかし確かに迦陵頻伽が舞い歌い、世界が光輝に包まれ、命の瀬戸際のような熱い絶頂が垣間見える瞬間があった。
読書断片 | コメント:0 |

京都・鴨川・葵橋

(2009年04月27日)
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今日、久し振りに実家のある左京区へ出向いた。
2年前、亡父の25回忌の法事に戻ったきりだった。

この世のことはこの世で片がつく、と言われるが、すべては川面に浮かぶ泡沫(うたかた)のごとく浮かんでは消え流れ去っていくものなのか、何も分からない。

水に流せることもあり、そして水に流そうとしてなおも、苦い澱は淀んで粘りつき流れぬこともある。

永遠の別れが訪れ、そしてまだ終わらない流れの中で、拉ぐ頚木の重さを確かめながら足を引き摺る生者が取り残される。

死を目前にした床のなかで走馬灯は巡り、離反と憎悪といくばくかの慈しみを籠めた想念が私の名前を呼んだ。

ついに融和と受容の時は訪れず、戻ることのない旅立ちが私の預かり知らぬまま慌しく準備されて、ことが終わった。

この橋は、私が7,8歳の頃はまだ木の橋で土が敷き詰められ、上を馬が引く荷車が往来していた。

春とは思えない寒い霧雨の降る橋の上で立ち止まり、気持ちを反芻し解き放とうとして、まだその時が訪れていないことを知った。

京都・左京区・葵橋より
上流を望む、北山方面
葵橋北

下流、遠く東山が見える
葵橋南

名を知らない黄色の花が一杯咲いている。雨に煙る景色は優しく柔らかく、懐かしい。
随想 | コメント:0 |
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