気配と囁き ―秘密の薔薇―

個人的な関心事についての日録風覚書。隠されたもの、語り得ぬもの、覆われたもの、向こう側、境界線上のもの、この世ならぬもの、過剰なもの、偏奇なもの、只事でないこと、などについて。

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必殺新シリーズの醍醐味

テレビ時代劇“必殺シリーズ”というのは長らく続いたシリーズものであったが、確かバブル期終焉の頃に一旦終結していたと思う。
それが今年になってから10数年振りに復活した。

シリーズの初期の頃から好んで見ていたのだが、途中で気がついたのは当初カメラ担当だった石○興氏がいつしか監督になっていたことだった。
このシリーズは、もともと色彩処理とカメラワークが見事で、独特の映像美に惹きつけられてもいたのだ。
光と影のコントラストの処理、カメラアングルの精妙さ、静と動のダイナミズムなどが、そこいらの時代劇とは一線を画していたと思う。

ただ、以前の内容はどちらかといえば勧善懲悪的な類型に堕するところがあって、いわぱパターンに嵌った話が多かった。
ところが、今夜の話は違った。

夜な夜な遊郭界隈に現れては刀を振り回し、誰彼なしにめった切りにする“黒頭巾”と呼ばれる正体不明の男がいた。
実は、さる武家の跡取り息子が母親から自立できず、しかも何をやってもうまくできない自分に嫌気がさして自暴自棄になっての所業であった。

そこに仕事人の側の事情が絡む。
仕事人としての役割を演じきれない情に流される弱さ。

その果てに、息子の凶行を止めさせることはできないと悟った母親が、息子の行く末を悲観して、実の息子を消してくれと依頼する。
最後の土壇場で、母親としての情を断ち切れず、依頼した当の母親が息子を庇って命乞いをする。情に流される弱さを指摘された仕事人は情を殺し、敢えて母子ともに刺し貫こうとして、しかし果たせずに終わる。
止めを刺されぬまままだ息のある親子を、一旦仕事を断った東山が非情に引導を渡す。

東山の演技が冴える。
このドラマを見る前は、大したことはないだろうと高を括っていたのだが、いい役者である。惚れ惚れとしてしまうところがある。

白昼の街中を葬列が通る。
画面の奥には陽光が眩しく降り注いでいる。そこを通る葬列が左から現れ、画面中央から右へ曲がりこちらへ歩んでくる。
途中から日陰に入る。
途端に、先頭の人物が捧げ持つ提灯の中心から赤い火が透けて見える。
逆光に黒い影法師となった葬列に赤い火が2つ。
映像は冥土への道行きを象徴するものに変貌している。

人影が絶えた夜の街中で母親が半狂乱になって息子を探している。
画面中央に取り乱した母親。すると、それまで誰もいなかった辻の左右から提灯を下げた人影が行き交い、あっというまに通りが埋まる。
禍事の暗示。映像がそのまま物語を紡ぐ。
それは息子がなおも無差別に切り殺した何人もの犠牲者の通夜へ参る人々の列であった。

終盤、裏稼業が暴かれそうになる切迫した場面で、ドラマは次回に持ち越された。
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