気配と囁き ―秘密の薔薇―

個人的な関心事についての日録風覚書。隠されたもの、語り得ぬもの、覆われたもの、向こう側、境界線上のもの、この世ならぬもの、過剰なもの、偏奇なもの、只事でないこと、などについて。

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白昼夢、もしくは意識の変容

(2006年04月26日)

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それは、いつも夕刻、一人居る時にやってきた。

仕事の間の束の間の小休止。
横になったり、壁に寄りかかり、なんということもなく放心している時に、それは訪れる。

目の前の見慣れた風景が、見た目はそのままで、異世界の風景に変容する感覚。

見えている風景に、慣れ親しんだ風景が連続しているはずの周辺が、全く見知らぬ地域・領域に変容している。

目の前の風景が、既知の場所という意味を喪失し、意識が本来の定常的な場の喪失に戸惑い、どこか未知の領域(異空間)で彷徨う感じ。

それをただ見ている自分。

体内の血管の中で、血流が細かな砂塵のような微細粒を巻き上げながら緩やかに逆流し始める感覚。

脳内に陶然とした快美感が溢れ、それが漣のように全身に波及していく。

今が何時で、ここがどこか、という見当識は保持したまま、溶解していく意識を感じている自分。

少し姿勢を変えれば、直ぐに平常的な意識が戻ってくるのは分かっているが、暫くはこのままで。
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内的体験 | コメント:0 |

夢の力

(2006年04月07日)

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中年を過ぎて、必要に迫られ免許を取った。
免許取得後、ひと月でトラックに乗った。
平野部を流れる川筋の道から、いきなりヘアピンカーブが連続する急坂を駆け上がり、標高500mほどの山頂に到達する。

こんな山奥にまで集落がなぜ、というようなところに分け入り、配送作業をする。

山頂から僅かに下った、急坂の途中に家が点在していた。坂の途中に車を止め、配送を終えてから、発進する。

転げ落ちそうな坂の20mほど先はT字路になっていて、ガードレールの向うは断崖絶壁であった。

重量物を積載しているので、慎重に発進するのだが、腕ががちがちに強張って汗びっしょりになる。胸がどきどきする。
高所恐怖症でもあった。

週に1回はそこを通るので、毎晩のように悪夢に魘された。
坂の途中で体を強張らせ、恐怖に動けずにいる夢。

ひと月経った頃、その夜も夢を見た。

いつものように坂の途中での発進。
その夜の夢の中では、何とか下りに向かって車を出すことができた。
腕と指がかちかちになり、四肢の筋肉がぱんぱんに腫れて痛いくらいになっている。

発進して、自重で坂を下るようにして、すぐに方向転換せねば。
ここを越えれば、一度でも越えれば、上手くいけるのが夢の中で分かっている。

車が荷物の重さでつんのめりそうになり、あわや転落、という瞬間、ぎりぎりガードレールの手前でハンドルを切る、切ったと思った瞬間、脂汗にしとど全身を濡らしながら、布団から飛び起きた。

その夜以来、その夢をぱったり見なくなり、その坂の所にきても怖くなくなった。
随想 | コメント:0 |

孤島 その2

(2006年04月09日)

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約束の日に、定期船で島に渡る。
空は晴れ渡り、突き抜けるような青空であった。

終戦後に入植が始まり、ほんの数軒がミカン畑をやっていたが、その内人口が増え、一時は小学校も出来たほどだったのが、その後はまた次第に廃れて、今では数軒の民宿だけが細々と営業している。

島に着くと、軽トラで迎えに来てくれていた。
船着場から九十九折れの坂道をくねって走り、船着場からは島の反対側になる廃校の傍の家へと着いた。

あたりは森閑として、野鳥のさえずりが聞こえるばかりの別天地であった。丁度山陰になる窪みのような平地になっている。

家に入り、施術をする。終わってまた少し雑談をする。

婆さんと性別不明の孫娘との不思議な共同生活。
2人とも浮世離れしたように屈託がなく、のびのびと生活を満喫している。

ふと見ると、部屋の隅に大きな地球儀がある、訊いてみると、新聞の通販で買ったとのこと。
他には、パラボラアンテナのように見える器具があって、それは何か炭素を燃やして、体に良い熱線を放射し、それに当ると体が健康になるのだとか、、、

淹れてくれた珈琲が実に旨かった。

とろりとしたいい気持ちになって、癒されたのは私の方であった。
悦び | コメント:0 |

孤島 その1

(2006年04月09日)

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中国地方で整体院を開業していた頃、雨降りの日にお客がやってきた。
婆さんとその孫娘とおぼしき2人連れである。
あとで迎えにくるから、と婆さんを残して、娘さんは一旦帰っていった。

80近い婆さんだが、頭はしっかりとしていて、話す口調もゆったりとして気持ちがいい。さすがに、体は重そうで固かったが。

するうちに、その孫娘さんが迎えに来た。
少し雑談をしたが、まことにはきはきとして、元気が弾けそうな明るい女性である。
ただ、なんというか、どこか性別不確定な印象がある。
短髪にして、まことに肌つやもよいが、若い女性特有の性的魅力に欠けるところがあった。

性的未発達というよりも、性的な発達という方向性が元来備わっていないような感じがするものの、健康美に溢れ、不自然な印象ではなかった。
ふと、金太郎を連想した。

で、もし出来ることなら、次回は出張して施術を、と言われた。
本土から船で10分ほどの島に住んでいるらしい。

帰り際に婆さんを担ぐように抱える様子が、エネルギーに溢れて、元気な少年のようにも見えた。(つづく)
悦び | コメント:0 |

腑に落ちる

(2006年03月23日)

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人と話したり、端から見ていて、どこか違和感がある、ということがある。
勿論、自分でもそういうことがあって、そういう時は大抵誤魔化しや嘘がある場合が多い。

美し過ぎる話や辻褄が合い過ぎる話に慎重になってしまうのは、歳のせいもあるのかも知れないが、人には裏表があり、話には裏がある、というのは、色々痛い目にあってきた人間の偽らざる感想でもある。

以前、ある判事の方が新聞紙上でコラムを書いておられ、それが誠に人間の機微を衝いている内容だったので、印象深かった。

判決前に、色々双方の言い分を書いた資料を読み、次第に「心象」というものを作っていくそうである。
細かな矛盾点を他の資料から補填し、意味的な整合性・一貫性を模索する。

事実関係のどこにも矛盾を感じなくなった時、通常はそこで量刑に至る段取りになるわけだが、その方によれば、そこで一旦事実的判断を停止し、自分の心象との齟齬や乖離がないかを自問してみるそうであった。

時間経過とともに、案件の全貌が次第に自ずと<真実>を語り始め、ある時ストンと腹に収まる、いわゆる腑に落ちる、そういう瞬間があるそうであった。

どこか違和感がある、また事実の集積が論理的整合性を持っていても<腑に落ちない>、そういう微妙で繊細な感覚は、人生の色んな場面で大切にしたいものだ、と思う。

事実としての<現実性>と<心理的現実性>、その狭間でたゆたい、揺れ動き、彷徨う、その繰り返しが生きるということなのかも知れない。
随想 | コメント:0 |

この世のものでない、、、

(2006年03月24日)

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この世には、決して食べてはいけないもの、というか正確には、私が食物とは思えなかった食べ物というものがある。

もう10年以上前のこと、、、ある寒風吹きすさぶ2月頃だったか、、
前にバスで通りすがりに見かけた、こじんまりした、感じの良い寿司屋にふと行きたくなった。
急遽仕事の手を止め、善は急げとばかりに家人と仕事部屋兼住居を飛び出し、バスに乗って、遥々行ってみた。

そこは、市内でも北端に近い大通り沿いにあった。
行って見ると、その日は定休日! がっくりして辺りに適当な処はないか見回すが見当たらず、冬の夕間暮れ、ぱったりと人通りの途絶えた街路にはかさこそと病葉が舞い散るばかり。

とぼとぼと空き腹を抱え、50Mほど歩いた辺りで、1軒の中華料理屋を発見。他にこれといった店もないので、何かよからぬ感じはしたものの、止む無く入ってみた。

外観はそこそこ立派な構えだが、どこかうらぶれた感じだった。
で、中は薄暗くしかもだだっ広い。人気もなく、一体営業してるかどうかも怪しい感じ。
する内に、ギャルソンならぬ、小太りの初老の男性が奥から出てきて注文を取りにきた。

メニューを見ると、中国薬膳料理、とある。
うーーん、中華料理は食べることが養生、というから、体に良いのかー、と言うぐらいの軽い気持ちで読み流し、普通に八宝菜、餃子、肉団子などを注文した。

で、どういうわけか、出てくるのが異様に遅い。

他に客もいないのに、あまりの客の無さにコックが夜逃げでもしたのか、というくらい遅い。何だか嫌な予感がした。

やっと餃子が出て来たのを見ると、普通に見慣れた風体をしていない。食べてみると、どこが餃子なのか、と声を荒げたくなるほど、薬草臭がきつくて、食べ物というより漢方薬を見た目だけ料理風に拵えたといった風情。

異様に間が空きつつも、あとから次々出て来るが、どれも一目見て何と言う料理なのか判別がつかないほど、通念を超えた形と風味である。

仕方なく腹に無理矢理詰め込んではみたものの、今にも戻しそうになる。

その内、一体何をどのくらい注文したのか分からなくなった。それくらい、薬臭く量も半端ではない。

間が異様に空くので、もう終わりだろう、早く払いを済ませて帰ろう、と思って腰を浮かせかけると、見透かしたようにまた次の皿が出てくる。

気のせいか、その初老の「ギャルソン」の口の端に冷笑とも憫笑ともつかぬ笑いが張り付いているようにも見える。

薄暗いながらも元はきらびやかな装飾に彩られていたと思える店内が、急に怪しい妖怪の棲み家のように感じられてくる。
厨房とホールを繋ぐ通路は、冥界との通底路か。
冥府の風がびょうびょうと吹きぬけてくる気配。

どの料理も味付けが薬草臭で充満し、色がどの料理も狐色一色で、何を食べているかも判別ができない、、、

脂汗を浮かべながら、やっとの思いで詰め込み、あとはいいからもう帰ろうとした途端に、最後に肉団子が来た。

とどめを刺された思いで、形ばかり箸をつけ、ほうほうの体で店を出た。

振り返って見た店の入り口には、廃業しました、との札が下がっていた、、、、ような気がした。
妖かし | コメント:0 |

世界秘密再話(私的メモ)

あれはいつの頃だったか、、、もう20年以上前だったと思うが。

その頃、先端物理学に関する一般向け書籍をあれこれ読んでいた頃だった。
小松左京の『果しなき流れの果に』などを読み、多元並行宇宙の壮大なビジョンに目くるめく思いを味わい、宇宙物理学の関心を持つようになって、あれやこれやと書物を渉猟していたのだった。

書店へ行き、陳列棚をあちこちと探っていた時にちらと見た頁に、「熱力学のエントロピー第○法則を極めれば、この世界の秘密が分かる」というような一節があった。

その時は、別の領域の本を探していたので、しっかり書名などを覚えておかなかった。たしか、ソ連科学アカデミーの教授の著作だった。

この一節と、そののちPC雑誌のコラムで読んだインドの山奥でバラモン僧が長年月に渡ってあるゲーム板を操り、その操作が終わる時、世界の秘密が解き明かされる、だったか、世界が終わるだったか、そんな話を読み、その2つの断片が長年頭の隅にこびりついて離れなかった。

今は、そういった断片に心動かされることもないが、当時は密かに“本当のこと”が分かる日がきっと来るのだ、という確信めいた予感に打ち震える日々があった。(この項、未完)
随想 | コメント:0 |

プロローグ ―古代獣の咆哮が深夜の街に悲しく響き渡った、、、―

(2008年07月02日)

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それは、今からもう20年以上前のこと。

40年前にはその暗鬱な時計塔の上から、幻の解放放送局がヘイ・ジュードを延々と流し、深夜の街を不可視の逆戒厳令で覆った時以来の椿事だった。

3月も末のある夜のこと、かつて耳にしたことのない大音響が付近一帯を驚かせた。

丁度正零時きっかりに始まったそれは、あたかも“さよならジュピター”に登場する、永遠に木星の引力圏に封じ込められ遭難した異星人の巨大宇宙船から発信される救難信号のように、魂の深部を抉るような悲痛な響きを揺曳させた。

うぉーーん、うぉーーん、うぉーーんと長く尾を引きながら、深夜の街を底知れぬ恐怖に震撼させたあと、かっきり30分続いて、突然止んだ。

あとで人づてに聞いたところによれば、旧帝國大学だった折に設置された緊急用サイレンの時ならぬ誤動作だったという、、、

それは私に、幻の“黒死館”や“聖アレキセイ寺院”などの陰鬱なイメージを喚起させた。

と、これが発端だった。この目に見えぬ因習と不文律に塗れた古い都を恐怖の坩堝と化し、そののち長く語り伝えられることとなった一連の忌まわしい事件の。

その時、暗い地下通路で、あの未曾有の惨劇の序章の幕が切って落とされたとは、その時知る由もなかったのである、、、
創作 | コメント:0 |

あるがままに(旧稿より)

(2006年03月17日)

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あれは、確か中学生の終わり頃だった。

その日、いつものように夕方近く、自室の机に向かい、何をするともなく、窓越しに向かいの家の屋根やその向うに広がるよく晴れた青空を見ていた。

突然、何故ともなく「すべてうまくいっている。すべてはあるがままでいい」という思いがけない感慨のようなものが舞い降り、有り難たさの感情がこみ上げ、恩寵のような至福のひと時が訪れた。

すべての目に見えるものが、穏やかに満ち足りて<そこ>にあった。

一種のトランス状態だったと言えるのかも知れないが、それ以降、私には時として、いまここにあるがまま、の状態で、目に見える世界の<意味>が、全く見知らぬものに変容してしまう体験が訪れるようになった。
内的体験 | コメント:0 |

エピソード(旧稿より)

(2006年07月18日)

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中学生だったある日、世界が一変して見えた。

すべてが初めて見る世界のように思えた。
雨上がりの陽光の中で見るように、全てが洗い清められたかのように輝いて見えた。目が変になったのかと思った。

世界が初々しく、あるがままできらきら光っている。

こういう感覚は共通の感覚だと思い込んでいたが、どうもそうではないらしい、とこの頃思うようになった。

思春期のある日を境に世界が一変してみえる、そういう体験は皆に共通の体験なのだろうと思い込んでいたのだったが、家人と話していてどうも反応が曖昧だったので、確認してみると、そういう体験はなかったのだという。
内的体験 | コメント:0 |

神々の笑い(旧稿より)

イメージの中で蜩(ひぐらし)は、夏の終わり頃、人里離れ
た山奥で遠くに木霊するような寂しげな鳴き声を響かせる。

7年ほど前になる。その頃、中国地方で山間部の集落を巡っての仕事をしていた。
梅雨明けに急激な暑さが襲ってきて2,3日した頃、丁度昼食時にとある山の中腹で休憩をとった。
昼飯のあと、心地よい眠気に身を委ねていた。ふと気付くと、全山を覆い尽くすかとも思われる、無数の蜩の鳴き音に埋もれていた。

その数、何千匹か。耳にというよりも脳髄の奥底にまで染み入ってくる、密やかなひぐらしの鳴き音の驟雨。どこからとも知れぬ中空から次々に湧き上がり、降り落ちてきて、ふっと消え去る音の無数の重なり。

あのような数の蝉の鳴く声を聞いたことは無い。
かなかなかな、と最後は急に途切れるような鳴き声は、何か謎めいた笑い声にも聞こえた。あたかも宇宙全体が謎の笑い声に埋め尽くされたかのような、不思議な浮遊感覚。

神々の笑い、そんな言葉が頭に浮かんだ。

その場所の地名は「成仏」。これは本当の話だ。
あれは涅槃だったのかも知れない。
内的体験 | コメント:0 |

偶蹄目なのか???(漫文なのか)

(2008年10月15日)

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くちゃくちゃと音を立てて、男は美味くもないピッツアを噛みながら喋っている。、、、だから、、、なんだよ、いいの?ほんとにそれでいいの?
回線が混線しているのか、細部がよく聞き取れない。それとも、捉えて抱え込んだ獲物を舌なめずりしながら味見をしている、そのおぞましい光景に目を塞ぐように、聞きたくないものを聞こえなくする防衛本能が聴覚を遮断していたのかも知れない。

昼間、男は私に1枚の写真を見せた。男の、窺うような試すようなその目の奥に、漣のような微かに怯えの色が走るのを私は見逃さなかった。
そこに写っていたのは、、、一個の肉塊のようにも見える見慣れない物だった。
その形容し難い、吐き気を催すような形態は、かつて奥地から流れ下り、揚子江の中流域で捕捉された、巨大な肉片のような塊の欠片によく似ている、そんな気がした。偶蹄目なのか? ふとそんな突拍子もない考えが脳裏をよぎる。

あまりのおぞましさに目を背けるようにしながら、横目でちらと見たその塊は先端部分が少し割れているように見える。ただ、内部からの呪詛と怨念と憎悪とその他あまたの破滅へと傾斜する情動のすべてが、その塊を膨満させ、原型を留めぬほどに変形させていることだけは、辛うじて分かった。

もしかしたら、何か奇蹄目の脚部の先端なのかも知れない。
馬はひずめが一体となっているから奇蹄目なのだ、と男はただ悲しげに呟いた。
アンダルシアの犬の投げ出された馬の死体のように、それはただ横たわっていた。少し滑稽にも見えた。

引用と剽窃と典拠非明示を常習とする、巨大な粘菌の欠片。
分節しているつもりがいまだ未分節の、不満たらたらのその塊は、確かに人を一瞬たじろがせるに足る迫力があった。
万死に値する、何故かそのような文言が頭に浮かんだ。

乃木坂と暗闇坂と夏目坂と柿ノ木坂と、それから道玄坂をつき合わせてもまだ足りない、危うい傾斜地に私達は差し掛かっている、そのことを決して忘れてはならない、という教訓を引き出した自分を誉めてやりたい。
随想 | コメント:0 |

その絶端で意味の欠片は喘いでいる

(2008年09月17日)

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予感がする、、、ふと忍び寄る魔の刻
そこに蟠る影のごときもの
惨にして隠なる宴、美しきものは刹那
儚き楼閣は崩れ行き、移し世の空無の果てに
逸り、急ぎ、切々と謳ふだらう
いつか辿り着く見知らぬ岸辺へと向かひ

撓んだ桃色の壁が
じりじりと阿吽の雄叫びを挙げ
舌が痩せ唐突な今生の今はの際に
うち臥す龍王の燦たる額は
行方不明の意味の大海に
跡形もなく燃え上がる

一場の夢と襤褸の抜け殻

やがてその時はやって来るだらう
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悪文なのか、、、

実はずっと、自分の文章は悪文だ、と大変悲観的に考えていた。

もっと流麗で艶やかで、華麗な語彙を駆使し、疲弊しきった魂が読後にあたかも蘇るかのような文章が書けたら、とずっと思っていた。

しかし結局、今のようなぎくしゃくした、晦渋といえば聞こえがいいが、突っかえ躓きながら口篭もるかのような文章しか書けないので、それもまた個性というか味の一つだろう、と居直って書いているような訳である。

ただ、流れるような美文は、読後の心地よさは残っても、内容が伝わりにくいような気がしている。

つっかえるようにしか書けないのは、表現しようとしていることが、本当は曰く言いがたいものを、何とかして書き表そうとしているからだ、と思っている。

真に書きたいこと、伝えたいことというのは、実は対象的記述の分節のあわい、意味未生の境位のかそけき震えであり、自他未分と分化の狭間に関わる“ささめごと”なのである。

随想 | コメント:0 |

いわゆる“罵詈雑言”について

(2008年10月14日)

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元来罵詈雑言というのは美辞麗句の対立語であって、互いに相補的な関係にあり、一方のみでは存在し得ず、表現の両極的な広がりにおいて、文化的なるものの根幹を支えている。

市中に「罵詈雑言辞典」なるものも公刊されてはいるが、実際の巷間で話されている表現を採取したものではなく、過去の文藝作品から拾ったものを収載しているようである。

史上最強の罵詈雑言というのは、かの佐野洋子女史が密かに隠し持っていて、決して口外できない、という。
それを唱えると、むかついたことや気に入らない相手を完膚なきまでに叩きのめし、無問題・完全霧散消滅の結果を生成するのだそうだ。
是非教えて欲しいものだが。

よく目にするのは、東京圏では「このすっとこどっこい、おとといきやがれ」かな?よく分からんが。
また関西圏では「おんどれ、なめとったらあかんど、どたま(頭)かち割ったろか」など。
中国地方などでは「かばちたれなよ、しごしたろか」(馬鹿言ってんじゃないよ、三枚に下ろしてやろうか)などがある。

こういうのは、聞くに堪えないほどえげつないものが効を奏するようである。

雑記・覚書 | コメント:0 |

万象と滴る萬緑の岸辺(私的覚書)

あるところで、

>わたしが絢爛と言えば花は爛漫に色めき風は立ち薫は流れる。
と書かれていた。
ここは肝要なところだ、と思った。

言う「と」「そう」なる、という部分。
あたかも「言うからそうなる」とも受け取れる表現。

言うや否や、と言い換えもできるのだろう。

言葉のありようは、嘱目の景物や気分を指し示すと同時に、その発語の刹那に万象が花開き、咲き乱れる、というところに現れる。

発語と意識未生のあわいに揺れる微かな波立ち。

それが対象的意識を喚起する刹那、それに極く僅か先だって存在の分節機序が発動し、屈曲を経ずして発語へと繋がる時、言葉が景物を呼び寄せる。

景物の記述それ自体が、立ち上がる。

それは同時に、言語主体の実存的<暗喩>としての、先駆的成立でもある。

主客未分の<それ>は、いつもそこに<ある>。
時空を越えた<そこ>、万象と滴る萬緑の岸辺。

(この項、未完)
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途上にて

動きと変化、そして変容へと、この先も長く続く道筋を照らし出すかような、水面の煌めき

黄金色の日差しを浴びながら、打ち寄せては返すきららの波間に

<かつて>と、そして<いまだ>の間で

今はただ打ち震えながら、微かな気配に耳を澄ます

万象と滴る萬緑の、豊饒の岸辺へ
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なぜか、、、

(2008年09月30日)
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取り留めもなく微光と薄明の中で漂う

何をしようとしていたのだったか、、、

何をしてきたというのか、、、

打ち立てようもないものを

一心に支えようとしては崩れ、見失い

見えたと思ったのは影だったか

幾万の夜と幾万の昼を繋いで

光と影と形と意味と

やがて空しく一切のものがくず折れるのを

見つめようとする

本当に、たったそれだけなのか

豊饒な緑滴るあの輝かしい季節の只中で

踊り謳い、本当に必要なことは何か

それを掴むまでは

終わらない、終わるまい
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