気配と囁き ―秘密の薔薇―

個人的な関心事についての日録風覚書。隠されたもの、語り得ぬもの、覆われたもの、向こう側、境界線上のもの、この世ならぬもの、過剰なもの、偏奇なもの、只事でないこと、などについて。

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<物語>の原初的意味についての私的走り書き

今は、もう回復基調なのだが、この2,3日、どういう訳か、46時中、寂寞感、寂寥感のようなものに覆われ、困惑した。
鬱というのとも違って、ただ寂しさの感情が時に高まり、人が死ぬ時はこういう感じなのだろう、と思ったりした。

疲れているからかとも思われた。
睡眠時に夢を見てはいるが、ストーリー的な一貫性に欠け、纏まりのない断片のような感じで、意味的な豊穣さが乏しい分だけ、眠りの質が悪く感じられた。
眠りが心地よくない、というのは、どこにも退避場所がない、ということに等しい。

このところ、概念的な方面での探求に没頭していて、意味の解体と再構築の作業が頭の大半を占めている。
<物自体>と意識が出会う原初的な場で意味が生成する、ということを上手く叙述することが出来れば、という思いがあるものの、いまだ資料と断片の集積の中で、上手く物語が紡ぎ出せない、そんな感じだ。

解釈や分析ではなく、何よりも「物語」が生成する源泉に辿り着くことが要だと思う。

世界と自己との関わりが捻れながらにせよ、うまく「文」として成立する時、ばらばらだった<世界>が再び動き出す。
それは、自分と世界との再統合の<物語>が生成していくことに他ならないだろう。
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雑記・覚書 | コメント:0 |

自分自身のための覚書 ―ブロッホの断片より

注文しておいた『ユートピアの精神』が届いた。

誰にせよ著述家について知りたければ、その主著を紐解くより外はない。
そんな訳で、初期の主著にして大著、A5版430頁になる書物を手に取ったわけである。

この翻訳は初版が1997年となっており、最初にほんの少し抄訳が紹介されてから30年の歳月を要して上梓されたものだ。それほど困難を極めた内容だったのだ。

先にその一端を紹介した「未知への痕跡」などは、この書物に比べるとささやかな事柄に着目した読み物の体をなしているが、これはいざ紐解いてみると、目も眩まんばかりの百科全書並みの多岐に亙る内容といい、怒涛のような言葉の洪水にも等しいものだった。

哲学的言説でもあり、批評的言表でもあり、文学的・詩的表現でもある、それらが渾然となって、神なき預言の書とでも言おうか、あたかも巨大な火龍のごとき巨大な生き物が身を捩り、周囲の事象をことごとく巻き込みながら、荒々しい岩塊も露わな渓谷を、うねくり馳せ下るかのような迫力に充ちている。

かつてこのような著述を読んだことがない。

いつ完読できるかは定かではないので、少しだけ抜書きしてみる。
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「―だがなかんずく創造的仕事そのものにおいて、まだ意識されないものと接するあの印象深い境界が明瞭に踏み越えられるのだ。この境界とは薄明、内面の澄明化、苦労、暗闇、割れる氷、目覚め、近づきながら聞き取ることであり、わたしたちの内に、わたしたちに即して、わたしたちの先に、総体的に言えば実存としてあることそれ自体の中にある生きられた瞬間の暗闇に、名前のないアプリオリな発酵に、ついには鋭い同一性の光を点そうと用意し、自己自身に出会う門を開けようと用意している状態にして概念である。ライプニッツが魂の根本を示し、かくして疾風怒濤運動に、自然の夜の側面に微小な知覚という生けるものの基底を開示してやったように、上へと高く光を注ぐ思考方法のユートピア哲学、非完結なもの、神秘主義的経歴、未来から発してしだいに強まっていく閃光といったものに取り巻かれた魂のユートピア哲学は、より高い秩序の無意識を、最も内奥の基底を、<いま>において働いている根源的秘密の潜在性それ自体を、すなわち、わたしたちの魂の最高の状態としての創造的無意識を解明し始めるのだ」(『ユートピアの精神』より、赤字部分は原著ではゴシック体)
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概念やイメージの束が渦巻く奔流のように次々と言葉を繰り出し、未確定のまま置き去りにしながら、ただ駆け抜けていくさまが、幾分かは見て取れるかも知れない。
読書断片 | コメント:0 |

『未知への痕跡』 ―E・ブロッホ

ここには、思考や想念の萌芽的なものの気配、未生のものをまさぐる手つきそのものが、概念や思考体系の構築以前に必須の、内的なものの原質を繰り返し掘り下げるその記述の中で息づいている。

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私たちにおける闇
 いまここに所有しているもの、それがいちばん自覚しにくい。欲しいものが手に入り、路を歩きながら、さてよろこぶ当人が内がわからはどう見えるのかを見てとる段になり、それはさまざまであるが、同時に内心なにかがくずれおちてもいる。以前の夢、本来そうであるべきじつに色鮮やかな幸福を追いもとめた夢が屈している、、、、

秘匿のモティーフ
 他人のまえではことに、私たちとは、そうみえるだけのものでしかありえない。時おりは透けてみえる、しかし生成なかばのものが、その通りであるかどうかは、疑問が残る。なぜなら、私たちがその時々におのれをみいだす場たるこの<いま>が、暗黒である。のみならず、それが闇であるのはなによりも、私たちの生がこの<いま>にあるから、本来そういうものだからだ、、、
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未生、途上、未意識などのキーワードが陰画のように散りばめられた記述。
過去への遡及ではなく、ありそしてない、生成途上の現存である<わたし>が紡ぎ出す、常に未完の物語の萌芽。

これは何度も繰り返し読める、小説のようなエッセイ集である。
読書断片 | コメント:0 |
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