気配と囁き ―秘密の薔薇―

個人的な関心事についての日録風覚書。隠されたもの、語り得ぬもの、覆われたもの、向こう側、境界線上のもの、この世ならぬもの、過剰なもの、偏奇なもの、只事でないこと、などについて。

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三層の夢

(2011年07月15日)

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夜半にふと目覚めた。
何やら起伏に富んだ夢を見ていた。

目覚めの直前に見ていたのは、タイトルがついていて、それは、、、
『上金落ち』(うわがねおち)???
どういう意味なのか、さっぱり分からない。

どこかのホテルの1室にいる。
私と、、、仏蘭西國大統領とその秘書、、、
意味不明である。

私が何か言ってその秘書が答え、その応答について私に評価を求めてくる。
“いかがでしょうか、大統領の秘書としては有能でしょ?”

夜半に目覚めた時には、夢の詳細を明瞭に記憶していたのだが、今では大まかな筋立てくらいしか覚えていない。
よほどメモ書きしておこうかと思ったのだが、そうすると完全に目が覚めてしまうので困るからそのまま寝てしまった。
その時、思案しているうちに「上金落ち」という言葉だけははっきり意識していたのだ。しかもその言葉はメモ書きしておいた。

ホテルの上階で何か大金が絡んだ催しがあったような気もする。
で、そろそろそこを出ようかという時になって、テロリストが3人乱入してくるのが分かった。
で、部屋に設けられている納戸のような小部屋に3人で隠れる。
ただし、そことホテルの部屋との間に大きな窓のような開口部があるのだが、閉める戸がないのだ。
しかも納戸の壁は真っ白で、中には煌々と明かりがついている。
どこにも身を隠す物陰はない、、、と思っていると、壁の一部に凹凸ができていて、辛うじて何となくそこへ身を隠すことができている。

その夢の前は、というか時系列があやふやなのだが、複数の夢が同時進行だったような気もする。

荒涼として1本の緑も見当たらない広大な土地を、数人の調査隊を組んで探索していた。
南極大陸のようでもあり、極寒か炎暑の土地。
どうやら地球の命運が尽きる日が近いようなのだ。
いつのまにか、どこかの街路にいて、舗装の亀裂を眺めている。
隊員の1人が「ほら、このようにもう大地が裂け始めてますよ」というが、それは単に舗装のひび割れで、別にばっくり大地が裂けそうな感じではない。

その前の夢は、どこか京阪間の私鉄沿線らしい、、、
想像もつかないような豪雨が降るというので、電車から降ろされ、ちっぽけな無人駅のようなホームに百人を越える乗客が犇めいている。
空には渦を巻く暗雲が垂れ込め、凄まじい豪雨の襲来を不穏な予感に責めさいなまれながら待っている。
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夢日記

今朝、半覚醒のまどろみの中で見ていた夢。

どうやら同窓会か何かをするらしく、よくは分からないが知っている者ばかりの10人ほどが宴会をしたいので、どこかに席を借りられないかと頼まれる。

京都市内のようだが、幼児期に世話になった老婦人と連れ立って歩いている。
料亭などの業界で長く働いておられたので、業界内の情報や色々な店をよくご存知なのである。

割合庶民的な町の1軒の店を紹介される。
なんだか料理屋というより町の食堂か小さな寿司屋みたいな店である。
入った左に小上がりの座敷があって丸テーブルが置いてある。

これでは4,5人ほどしか座れない。
人数を訊かれて10人ほどだと言うと、2階に席を用意するという。

あまり小奇麗な店ではないので、これでいいのかなとか思っている。

店を辞する時、どうぞ持っていってくれ、と言って大きな桶に盛った料理を渡される。
ビニールの風呂敷に包んであって、四辺を結んだところに小皿が載せてあって、そこに醤油を入れて使うらしい。理解できない妙な包み方だ。

今は午後2時半だから、昼飯にしては中途半端だと思っている。
味付けの濃そうな色の料理で、これをどこで誰が食べるのか、などと頭を捻っている。

歩いて四条大橋のあたりまでやって来ている。
もう夜になっていて、河原も橋の近辺も眩いほどの明かりに照らされて、どうやら祭りが始まったようだった。

大変な人出で、非常な活気が感じられた。

目覚めながら、この夢はどうも相当深いところに届いている夢だから、中々いいなと思っている。
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久し振りの夢

(2011年04月04日)

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今朝早くに一度目覚めたあと、うつらうつらしていた間に夢を見ていた。

おそらく京都だと思われる町の、知っている喫茶店を出て、見知らぬ街角に出る。

角を曲がる時、目印にと思って振り返った風景を写真に撮っている。
振り向いた方角とこれから進む方角の2種類。

大きなビルの立ち並ぶ一角。

道を進むと住宅街に出る。ある角を曲がると、、、

そこは滴るような緑に溢れた、懐かしい気持ちのする町並みだった。

見覚えはないが、深々とした安らぐ風景。
濃い緑が家々を覆い、家並みを緑に染めている。

子供が2人遊んでいる。

どこかで見たような、、、懐かしい風景、、、
どこだったか、、、
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混乱した夢

(2010年11月15日)

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朝方、一度早くに眼が覚めたあとしばらく寝床でもそもそした挙句、二度寝してしまった。
その間、夢を2つ見ていた。

〔その1〕
どこかの児童館のようなところに来ている。
入ったところにやや広い空間があって、親子づれや若い男女が行き交っている。入って左奥にテーブルのような低い台があって、その上に手荷物を置くようになっているらしく、私はそこへショルダーバッグを置いて、更に奥にある小さく仕切られた区画に入っていく。
何かを展示しているようでもあるが、何を展示しているのか、そこを訪れる人々が何をしにきているのか、さっぱり要領を得ない。
もやもやしながら、元の荷物を置いた台のところまで戻ってくると、置いたはずのバッグが見当たらない。大事なものが入っていたと見え、私は青くなりながら、そこら中を隈なく探すが、どこにも見当たらないのだった。
そんな置き引きをするような人間が訪れるはずもないと思われる場所だったのだが、ふと気が緩んで油断するのが自分の悪い癖で、人が良いのもほどがある、と自分を責めている。

〔その2〕
何だかよく判らないが、どうも中国へ旅行に来たみたいだった。
それとも中国人のツアー客に紛れ込んだものか、よく判らない。

どうやら自分の車で途中まで来て、車を乗り捨て、そのあと合流したのだったか、、、
車を探すのだが見当たらないのだ。
財布を放り込んだまま、どうやらキーをつけたまま乗り捨てたようだった。
財布には3,4万の現金と免許証が入っていたはずだった。
現金は諦めるとしても免許証を盗られてしまったのはまずい、と動揺している。

しばらくすると、誰か若い女性が、車があったことを知らせてくれた。
聞いてみると、財布も中身も無事だったことがわかる。

やはり人は信じてみるものだ、とか思っている。
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夢見の変遷

この1年ほどはあまり印象深い夢を見ていない。
丁度1年ほど前に、かつて見たことがないほどの超弩級の驚愕的な夢が、印象深い夢を見た最後?だった。

若い頃から夢はよく見る方だった。
いつも大抵総天然色だった。

若い頃からよく見ていた夢は、何かを探しながら迷路のような町をさ迷ったり、広くて間取りもよく判らない家の中で落ち着ける居場所を探す夢が多かった。
ほかによく見ていたのは、試験を受けるのに試験範囲が分からない、試験会場に辿りつけない、嫌いな科目をずる休みしていて出席日数が足りず、卒業の単位が致命的に不足している、などの社会化や共同規範への同化の失敗を暗示する夢。

それと似たような種類の夢は、割合近年(2,3年前にも)も見ていて、内容は変化していた。
それは、「試験」を受けられないという内容ではなく印刷関連の内容で、一旦仕事を請け負っておきながら、引き出しの奥深くに原稿の束をしまいこんだまま忘れていて、問い合わせを受けうろたえて嫌な汗をかきながら、作業が遅れている言い訳を取り繕っている夢であった。
これは、様々なバリエーションをで繰り返された。
最近はこれに類した夢は見ない。

この何年かは、不思議に宗教性を暗示する夢を繰り返し見ていた。

書物を読んでそこからの刺激で夢を見ることも多い。
深い情動を喚起されからだと思われる。
読んでいてもさっぱり琴線に触れてこない本は、言葉が心の奥底に届いていないという実感があって、夢は見ない。

これまでの経験では、ユング関連の書物を読むと深い夢を見る傾向があった。
割合近年読んだ小説の例では、恒川光太郎の『夜市』や『カラマーゾフの兄弟』を読んだ時などは盛んに連日夢を見ていた。

つまり「元型」的な領域に接触している作品や記述は、ほぼ必ず読む人間の夢の領域を賦活する。

夢の体験は、五感の感覚が欠落していることを除けば、現実の体験と変わらない。昔の夢でも沢山覚えている夢があって、やはりそれらも「現実」体験だと思うのである。
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