気配と囁き ―秘密の薔薇―

個人的な関心事についての日録風覚書。隠されたもの、語り得ぬもの、覆われたもの、向こう側、境界線上のもの、この世ならぬもの、過剰なもの、偏奇なもの、只事でないこと、などについて。

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伏見・中書島界隈散策 その1

過日(11月3日)、思い立って中書島界隈をぶらぶらしてみた。

以前駆け足で通り抜けるようにして歩いたことはあったが、よくは見ていなかったので、、、

駅前から北へ伸びる道があるが、そこはどうやら旧・遊郭があった、かつてのメインストリートのようである。

かれこれ3,400メートルくらいに渡って、ずらっと飲食店が軒を連ねている。
その夥しい数に圧倒される。

途中にレトロな概観の銭湯もある。
こういうモルタルで形成した洋風まがいの様式は、旧遊郭あたりでよく見かける建物の様式である。

中書島 メインストリート

中書島 飲み屋街01

中書島銭湯

どこか懐かしい。
(つづく)
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新内二回目稽古

(2012年08月23日)
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先週は新内の曲を渡されて、師匠の唄を聴き、そのあとざっとついて唄っただけであった。

それから録音しておいた師匠の唄を毎日聴いて、時にはついて唄ったりはしていたが、本格的に声を出して新内を唄ったのは今日が始めてと言っていい。

実際に師匠について唄ってみると、新内というのは、邦楽の唄の中でも最も技巧的で、声帯の能力を極限まで引き出して唄うものだ、ということが実感される。

裏声を多用するのだが、それも通常の高音域のもう1つ上を出すというもの。
通常は出すこともなく、普通の裏声の出し方では出ない帯域の高音を出しながら、これでもかという風に頻繁に上下しつつ、しかもコブシで装飾する。

苦しいが、楽しい。通常使わない部分の筋肉を使うので、喉が喜んでいるのが分かる。
極限まで声帯を攻め立て、声をひねり出すとある種の快美感に襲われる。ぞっと総毛立つようなある種の快感が走る。

技巧的な声を出す特徴は清元などでも聴かれるが、新内はさらにその上を行っている。

家内に話すと、「どうぞ逮捕されないでね」と言った。

これは、昔読んだ話で、確かハワイ在住の邦人が新内を習っていて、車を運転しながら唄って稽古していた。その時、赤信号で停車していて、顔を真っ赤にしながら新内を唸っていたら、通行人が驚いて、てっきり気が狂っていると勘違いされ警察に通報された、というエピソードを踏まえて言っているのだった。
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BSプレミアム:奈良の祈り

昼下がり、ふとBSをつけると、先日見損ねたBSの“奈良の祈り”という番組の再放送をしていた。

途中からだったので、詳しいことはよく分からなかった。

薬師如来を前に、若い修行僧が儀式めいた所作をしている。

“この世の人間の苦しみの幾分かでも薬師如来に伝えられたらという思い”で、魂限りの大音声を張り上げて叫ぶ、叫ぶ、、、
何度も何度も

その叫びにも似た大音声の裡に定常的な意識の臨界点が突破される。

堰を切って溢れ、胸に迫りくるもの、、、

深夜の儀式。
堂内を徘徊する修行僧。
先頭に立った僧が両手に抜き身の刀身を持ち、床を切り払うように練り歩く。

魔除けの所作だそうであった。

昼の公開された祈りとは全く様相の異なる異様の儀式的所作。

理念的な求道とは原理的に異なった信仰の儀礼の原型を見る思い。
打たれた。
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都々逸

注文していた本が夕刻届いた。
ざっと目を通す。

いくつか目に留まったものを、、、

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 他人の空似とわかったくせに
 未練がついてく五歩六歩 (風迅洞)

 突き詰めた女ごころがふと恐ろしい
 ポツリ軒打つ雨の音 (亀屋忠兵衛)

 泣き声は聞こえないけど障子に写る
 肩が揺れてる後ろかげ (吉住福次郎)

 庭にひっそり秋海棠が
 咲いて住む人いない家 (山崎美津)

 別れことばが耳から抜けて
 駅前広場は風ばかり (生方賢一郎)

 あんな処で住んでもみたい
 紅葉絵になる一軒家 (鈴木一風)

 ほんの一度のはずみで逢って
 横に居るのがうちの野暮 (津阪英輔)

 よよと泣くにはきたない部屋を
 すこし片付けよよと泣く (本田山葉)

 きつく束ねたぬばたま髪を
 命やる気でとき崩す (松本美穂)

 死んでも添う気の心の隅に
 寒く落ち込む滝の音 (村瀬君蝶)

 小雪ちらつく格子戸あけて
 夢を結びに来た蛇の目(山本るり男)
 
 どこへほうきを立てたらいいの
 孫が客間へ聞きに来る (津阪英輔)

 恋の始まり紅茶にケーキ
 恋の終わりはコップ酒 (森 錠次)

 から傘の骨の数ほど男はあれど
 ひろげてさせるは主ひとり

 たったひとつの命のあかり
 昏れりゃあなたがつけに来る (お多福)

 何で泣くかとうつむく百合を
 起こしゃはらはら露の玉

 すみれ摘む娘に野の道問えば
 蝶の行方を花でさす

 惚れた証拠はお前の癖が
 いつか私の癖になる

 逢うた夢みて笑ふてさめて
 あたり見まはし涙ぐむ
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いくつかどころか随分な数になってしまった。

こうしてみていくと、艶笑的な内容が本流かと思っていたのが、綺麗な句や凄みのある句などもあって、俳句や短歌と並ぶ短詩型なのだと再認識させられた。
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こんな歌が、、、

過日の集まりである方が歌われた歌。

最初の画面が出た時、目の端にちらっと“作詞:寺山修司”と見えた。
日吉ミミ『人の一生かくれんぼ』(1972年)

聴くほどに泣けそうになって弱った、、、

寺山の真髄は演劇ではなくて短歌にある、と言ったのは確か中井英夫だが、この曲の歌詞にはかつて寺山が詠んだ短歌のエッセンスが見事に詠みこまれている、そんな気がしたのだった。

 人の一生かくれんぼ
 あたしはいつも鬼ばかり
 赤い夕日の裏町で
 もういいかい
 まあだだよ

寺山はこんな歌を残している。
 かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭り

遠い歌の木霊が歌謡曲の歌詞の中に見え隠れしている、、、
そんな気がした、、、
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